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第1巻, 25ページ, タイトル: |
| これは何とさたまりたる事なくすへて神明を
祈るに用ゆる也、キケは前にいふと同し事にて
削る事をいひ、ハアロは物の垂れ揺くかたちをいひ、
セは助語にて、削りたれ揺くイナヲといふ事也、
此ハウロといへることはも 本邦の俗語に、物のかろく
垂れ揺くさまをフアリーーーといふ事有、しかれは
ハウロはフアリと通して、キケハウロイナヲといふは
削りふありとしたるイナヲといふ事と聞ゆる也、
二種の形ちの少しくかハれる事あるは、前のキケ
チノイヽナヲにしるせしと同し事にて、前の図はシリ
キシナイの辺よりビロウの辺迄に用ひ、後の図はヒロウ
の辺よりクナシリ嶌の辺まてにもちゆる也、 |
これは、特定の定まった対象はないが、神明一般に祈る際に用いられる。「キケ」は前に述べたのと同様削ることをいい、「ハアロ」は物の垂れ動くかたちを表わし、「セ」は助詞であり、合わせて「削り垂れ動くイナヲ」という意味である。
この「ハアロ」という言葉についてであるが、我が国の俗語で、物が軽く垂れ動く様子を「ふあり、ふあり」ということがある。即ち、「ハウロ」は「ふあり」と通じて、キケハウロイナヲとは「削りふありとしたるイナヲ」という意味に聞こえるのである。
なお、図に掲げた二種の形に少々相違があるのは、前のキケチノイイナヲの個所で記したのと同様、最初の図はシリキシナイという所の辺りからビロウという所の辺りまでに用いられており、後の図はビロウの辺りからクナシリ島の辺りまでに用いられているものである。
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第1巻, 33ページ, タイトル: チカツフイナヲの図 |
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第1巻, 34ページ, タイトル: |
| チカツフとは鳥の事をいふ也、是は養ひ置し
鳥を殺す時は、此イナヲを用ひて、其殺せし鳥の
霊を祭る也、これによりて鳥のイナヲといふ心
にてかく名つけし也、
およそ夷人の俗、熊・狐の類、其外諸鳥をかひ
置て、是を殺す事あるときは、其霊を祭る事
甚た厚く、意味も又ことに深し、別に部類を
分ちてほゝしるしたりといへとも、いまた詳ならさる
事とも多し、追て糺尋の上録すへし、
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チカツフとは鳥のことを意味する。飼育していた鳥を殺すときに、このイナヲを用いて、その殺した鳥の霊を祭るのである。こうした用途のため、「鳥のイナヲ」という意味で、こう名づけられている。
* 一般的にアイヌの人々の間には、熊や狐の類、そのほか様々な鳥を飼育しておく慣習がある。そして、これらを殺すに際しては、その霊を大変篤く祭ることをなし、又その祭りにこめられる意義にも非常に深いものがある。これについては別に章を改めてその大略を記してあるが、依然として詳らかにされていない事柄が少なくない。追って聞き取りの上、記すことを期したい。
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第2巻, 19ページ, タイトル: ムンウフイの図 |
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第2巻, 20ページ, タイトル: |
| 刈りたる草をハ其所にあつめ置て図のことく
火に焼く也、これをムンウフイと称す、ムンは草を
いひ、ウフイは焼く事をいひて、草を焼といふ
事也、これは草をやきて地のこやしとなすと
いふにもあらす、唯かりたるまゝにすて置ては
トイタのさまたけとなる故にかくなす事也、
もし刈るところの草わすかなる事あれハ、
そのまゝ其地のかたハらにすて置く事も
あるなり、
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刈り取った草は、その場に集めて、図のように焼却を行なう。これをムンウフイという。「ムン」は草のことを、「ウフイ」は焼くことを表し、合わせて「草を焼く」という意味である。この行為は草を焼いて肥料をつくることを目的としたものではなく、ただ刈ったまま放置しておいてはトイタの妨げになるため行なわれるまでのことである。もし刈った草が僅かの量であった場合には、焼却せず、そのまま畑地の傍らに放置しておくこともある。 |
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第2巻, 31ページ, タイトル: ウフシトイの図 |
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第2巻, 32ページ, タイトル: |
| 是図は前にいへる如く、手に貝をつけてアユシ
アマヽの穂をかるさま也、ウフシトイといへる事は、
ウブシは穂の事をいひ、トイは切る事をいひて、
穂をきるといふ事也、もとより自然に生し
たる如くに作りたる事ゆへ、其たけの長短も
ひとしからす、穂の熟する事もまた遅速の
不同ありて、残らす熟するをまちて収めん
とするには、早く熟したる穂は実の落ち
散る事もあり、或は鳥なとのために喰ひ
尽さるゝ事ありて、其損失ことに多し、しかる
ゆへに、大概に熟するを待て実のりに不同ある
事ハ論せすしてきりとる也、其きりとりし
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この図は、前述のように、手に貝をつけてアユシアママの穂を刈る様子である。ウフシトイというのは、「ウブシ」は穂を、「トイ」は「切る」を表し、合わせて「穂を切る」という意味である。もとより、自生同様に作ったものであるから、その丈の長短も等しくはない。穂の熟する速度もまちまちであり、残らず熟すのを待って収穫しようとした場合、早く熟した穂は実が落ちてしまうことも、あるいは鳥などにより食い尽くされることもあり、損失が少なくない。従って、大体熟するのを見計らって、その稔りの程度にばらつきがあることには構わず、切り取ってしまうのである。 |
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第3巻, 4ページ, タイトル: |
| 是は剪り採りし穂を収め置事をいふなり、
フヲツタシツカシマといへるは、フとは 本邦にしてハ
蔵なといへる物のことく、物を貯へ置ところ
をいふ、
其造れるさまも常の家とは事替りて、
いかにも床を高くなして住居より引はなれたる
所に造り置事也、委しくハ住居の部に
ミえたり、
ヲツタは前にいふ如くにの字の意也、シツカシマとハ
大事に物を収め置事をいひて、蔵に収め置と
いふ事也、其収め置にはサラニツプといへる物に
入れて置も有、あるは俵の如くになして入れ置
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これは、刈り取った穂を収め置くことをいう。フヲツタシツカシマという語のうち、「フ」はわが国でいうところの蔵のように、物を貯え置く場所を表す。
* その建築形態は通常の家とは異なり、何とか工夫して床を高くしつらえ、住居から引き離れた場所に建てられるものである。詳しくは本稿「住居の部」に記してある。
「ヲツタ」は前述の通り「~に」という語を表す。「シツカシマ」とは大事に物を収め置くことをいう。合わせて「蔵に収め置く」という意味である。収めておくに際しては、サラニツプという物に入れておくことがある。また、俵のようにこしらえて入れておく
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第3巻, 5ページ, タイトル: |
| もある也、
サラニツフといへるは草にて作れる物也、俵に
するといへるも多くは夷地のキナといへる物を
用ゆる也、二つともに委しくハ器財の部にミへたり、
此中来年の種になすへきをよく貯へ置にハ、
よく熟したる穂をゑらひ、茎をつけて剪り、よく
たばねて苞となし、同しく蔵に入れをく也、
是にてまつアユウシアマヽを作り立るの業は
終る也、すへて是迄の事平易にして、格別に
艱難なるさまもなきよふにミゆれとも、ことに
然るにあらす、夷人の境よろつの器具とふも心に
まかせすして力を労する事も甚しく、また
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場合もある。
* サラニツフというのは、草で作られたものである。俵にこしらえる場合も、多くは蝦夷地のキナというものが用いられる.詳しくは本稿「器材の部」に記してある。
このなかから来年の種とするものを良い状態で貯えておくには、よく熟した穂を選び、茎をつけたまま刈り、よく束ねて包みとし、他の穂と同様に蔵に入れておく必用がある。
これでアユウシアママを作りたてる作業は終了である。全般にこれまでの作業は平易であり、格別に困難な様子などないように見えるが、そうではない。アイヌの人々の住む地では、諸種の農器具なども手に入らず、従って労力を費やすことが甚だしい。また、
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第4巻, 1ページ, タイトル: 蝦夷生計図説 チツフ之部上 四 |
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第4巻, 11ページ, タイトル: 舟敷の大概作り終りて木の精を祭る図 |
| 舟敷の大概つくり終りてより、其伐り
とりし木の株ならひに梢にイナヲを
さゝけて木の精を祭る事図の如し、其祭る
詞にチクニヒリカノヌウハニチツフカモイキ
ヤツカイウエンアンベイシヤムヒリカノイカシコレ
と唱ふ、チクニは木をいひ、ヒリカはよくといふ事、
ヌウハニは聞けといふ事、チツフは舟をいひ、
カモイは神をいひ、キは為すをいひ、ヤツカイは
よつてといふ事、ウエンアンベは悪き事を
いひ、イシヤムは無きをいひ、ヒリカは上に同し、
イカシは守護をいひ、コレは賜れといふ事にて、
木よく聞け、舟の神となすによつて悪事
|
☆ 船体のおおよそを造り終わってから、その伐りとった木の株と梢にイナウを捧げて木の霊をお祭りすることは図にしめしたとおりである。その祈りことばは「チクニヒリカノヌウハニチツフカモイキヤツカイウエンアンベイシヤムヒリカノイカシコレ」と唱えるのである。その意味はチクニは木のことをいい、ヒリカはよくということ、ヌウハニは聞けということ、チツフは舟のことをいい、カモイは神をいい、キはするといい、ヤツカイはよってということ、ウエンアンベは悪いことをいい、イシヤムは無いということ、ヒリカは上と同じ、イカシは守護をいい、コレはしてくださいということであって、「木よ、よく聞いてください。あなたを舟の神とするので、悪いことが
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第4巻, 12ページ, タイトル: |
| 舟敷の大概つくり終りてより、其伐り
とりし木の株ならひに梢にイナヲを
さゝけて木の精を祭る事図の如し、其祭る
詞にチクニヒリカノヌウハニチツフカモイキ
ヤツカイウエンアンベイシヤムヒリカノイカシコレ
と唱ふ、チクニは木をいひ、ヒリカはよくといふ事、
ヌウハニは聞けといふ事、チツフは舟をいひ、
カモイは神をいひ、キは為すをいひ、ヤツカイは
よつてといふ事、ウエンアンベは悪き事を
いひ、イシヤムは無きをいひ、ヒリカは上に同し、
イカシは守護をいひ、コレは賜れといふ事にて、
木よく聞け、舟の神となすによつて悪事
|
☆ 船体のおおよそを造り終わってから、その伐りとった木の株と梢にイナウを捧げて木の霊をお祭りすることは図にしめしたとおりである。その祈りことばは「チクニヒリカノヌウハニチツフカモイキヤツカイウエンアンベイシヤムヒリカノイカシコレ」と唱えるのである。その意味はチクニは木のことをいい、ヒリカはよくということ、ヌウハニは聞けということ、チツフは舟のことをいい、カモイは神をいい、キはするといい、ヤツカイはよってということ、ウエンアンベは悪いことをいい、イシヤムは無いということ、ヒリカは上と同じ、イカシは守護をいい、コレはしてくださいということであって、「木よ、よく聞いてください。あなたを舟の神とするので、悪いことが |
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第4巻, 19ページ, タイトル: |
| これは敷の初めて成就したる処也、
これより次第に後の図に出せる板等を
あつめて舟の製作にかゝる也、此敷は
夷語にイタシヤキチフと称して、丸木舟と
同しさましたれとも、また説ある事なり、
後の川を乗る舟とならへ図して委しく
論したり、合せ見るへし、
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これは船体がはじめてできあがったところである。これからだんだんあとのほうの図で示したいたなどを集めて舟の製作に取りかかるのである。船体はアイヌ語でイタシヤキチフといって、丸木舟と同じ形をしているけれども、さらに説明することがある。のちに川舟とともに図示して詳しく説明してあるのであわせて見てほしい。
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第4巻, 22ページ, タイトル: |
| て見聞したる事にあらさる故しる
さす、後来たしかに見聞するの日に及んて記さんとす、後凡エトロフ・ラツコ
とふの事に至りては、ミな欠て録せさるものこのゆへとしるへし、
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親しく見聞したことではないのでここでは記さない。
のちに確実に見聞できる日がきたら記すことにしよう。この後、エトロフ島やラッコ島のことを記録していないのはそのためであることを知っておいてほしい。
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第5巻, 1ページ, タイトル: 蝦夷計図説 チツフ之部 五 |
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第5巻, 12ページ, タイトル: |
| 是は 本邦の舩に用るかちと同し
事につかふ也、アシナプと称するは、アシナとは
水をかきて舟をすゝむる事をいひ、フとハ
器をいひて水をかき舟をすゝむる器といふ
事也、奥羽の両国ならひに松前とふの猟
舩に此具を用るもありてねりかひと称す、
たゝし是ハかちに用る計に限らす、時に
よりてかひの代りともなす故の名なる
へし、
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これは日本の船で用いる梶と同様に使うものである。アシナプというのは、アシナとは「水を掻いて舟を進めること」をいい、フとは「物」のことで、「水を掻きながら舟を進める物」ということである。奥羽の両国と松前の漁船にこの道具を使うものがあってねりかい(練り櫂)という。ただし、これは梶に使うばかりではなく、時には櫂のかわりにもするからこの名がついたのであろう。 |
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第5巻, 16ページ, タイトル: |
| 夷語にこれをワツカケプと称す、ワツカは水をいひ、
ケはとる事をいひ、フは器をいふ、水を取器といふ
事也、奥羽の海辺ならひに松前とふにて、
右の形ちしたるあかとりをへけと称す、是を
夷語に解するに、ヘは水をいひ、ケはとる事
にて、水とりといふ事也、水を夷語にヘとも
いひ、ワツカともいふ、今の夷人は専らワツカとのミいひて、ヘといふも
のは稀也、されとも二つのうちヘと称するは夷人の古語にして、
ワツカと称するは近き頃よりのことはなるよし、
老年の夷人はいひ伝へたり、是とふの事、
夷地にしてハ其古言を失ひ、奥羽ならひに
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アイヌ語でこれをワツカケプと称する。ワツカとは水のことをいい、ケはとるということをいい、フは物をいう。「水を取る物=あかとり」ということである。
奥羽の沿岸ならびに松前などでは図のような形のあかとりを「へけ」という。これをアイヌ語で解釈するとヘは水をいい、ケはとるということで「水取り」ということである。水をアイヌ語で「ヘ」といい、「ワッカ」ともいう。今のアイヌの人びとはワッカとのみいっていて、ヘというのは稀になっている。しかし、ふたつのことばのうち「ヘ」というのはアイヌ語の古語であって、ワッカというのは近年のことばであるとは老アイヌのいうことである。
このように、蝦夷地ではその古語を失い、奥羽や
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第5巻, 28ページ, タイトル: |
| 詳らかならぬ事共多し、追て考ふ
へし、此に出せる図は風の左りへ走るさま也、
艫の左右に縄を以て帆を繋き立て、アシナにてかぢを
とり走る也、風の右に走んとすれは左右の
縄をくりかへ、帆を左にかたむけ風を請て
走るなり、夷語に是をホイボウチフといひ、
又バシテチフといひ、亦カヤウシチフといふ、ホイ
ボウといふも、バシテといふも、皆走る事をいふ、
カヤウシはカヤは帆をいひ、ウシは立る事
をいひて、帆を立るといふ事、チフはいつれも
舟の事なれは、三つともに走る舟の事を
いふなり、
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つまびらかにできないことが多い。改めて考えることとしよう。
ここに出した図は、風の左の方へ航行するようすである。艫の左右に縄で帆を繋ぎ、アシナで梶をとって走るのである。風の右の方に走ろうとすれば、左右の縄をたぐり変えて帆を左に傾け、風をうけて走るのである。
アイヌ語でこれをホイボウチフといい、またバシテチフといい、あるいはカヤウシチフという。ホイボウというも、バシテというも、みな「走る」ことをいう。カヤウシとは、カヤは帆のことをいい、ウシは立るという意味で、「帆を立る」ということ、チフは舟のことだから、三つとも「走る舟」のことをいうのである。
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第5巻, 33ページ, タイトル: |
| 此図は海上をこぐところ也、其乗るところハ
水伯を祈るよりはしめ、ことーーく走セ舟にこと
なる事なし、二種のうち、前の図はこ
くところの具ことーーくそなハりたるさまを
図したる也、後の図はすなはち海上をこくさま也、
こく時はシヨ板に腰を掛、カンヂを
左右の手につかひてこぐ、其疾き事飛か
如し、カンヂの多少は舟の大小によりて
立る也、アシナフを遣ふ事ハ走せ舟に同し、
是を夷語にチプモウといふ、チブは舟をいひ、
モウは乗るをいふ、舟を乗るといふ事也、但し
ビロウ辺よりクナシリ辺の夷人はこれをこぐの
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この図は海上をこぐところである。それに乗るには水の神に祈ることからはじめ、すべて「走る舟」と異なることはない。
二種類のうち、前の図の舟は漕ぐ道具が完備したようすを図示したものである。あとの図は海上を漕ぐようすである。
漕ぐときはシヨ板に腰をかけて、左右の手にカンヂをつかんで漕ぐ。その早いこと、飛ぶがごとくである。カンヂの多少は舟の大小によって異なる。アシナフを使うことも「走る舟」と同じである。
これをアイヌ語でチプモウという。チブは舟のこと、モウは乗るをいう。「舟を乗る」ということである。
ただしビロウ辺からクナシリ辺のアイヌの人びとはこれを漕ぐとき、
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第5巻, 38ページ, タイトル: |
| 用ひしより、終に其法をは失ひし成へし、
今奥羽の両国松前とふにてハ、なを其法を
伝へて猟舩にはことーーく敷に右のイタシヤキ
チプを用ゆ、是をムダマと称す、ムタマはムタナの
転語にして、とりもなをさす棚板なき舟といふ心也
、
其敷に左右の板をつけ、夷人の舟と
ひとしく仕立たるをモチフと称す、モチフは
モウイヨツプの略にして、舟の事也、凡そ夷地
にしては舟の事をチプといふ事よのつねな
れとも、その実はモウイヨツプといへるが舟の
実称にして、チブといへるは略していふの詞なる
よし、老人の夷はいひ伝ふる事也、モウは乗る
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用いてから、ついに「無棚小舟」の製法は伝承されなくなったのである。今、奥羽の両国と松前などでは、まだその方法を伝えていて、漁船にはことごとく船体に右のイタシヤキチプを用いていて、これをムダマと称している。ムダマはムタナの転語であって、とりもなおさず「棚板なき舟」という意味である。
船体に左右の板をつけ、アイヌの人びとの舟と同様に作ったものをモチフという。モチフは「モウイヨツプ」の略語であって舟のことである。そもそも蝦夷地においては舟のことをチプということがあたりまえであるけれども、その実は「モウイヨツプ」というのが舟の実称であって、チプというのは略していうことばであるとは、老人のアイヌのいい伝えることである。モウは乗る
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第6巻, 3ページ, タイトル: 衣服製作の総説 |
| 衣服製作の総説
凡夷人の服とするもの九種あり、一をジツトクと
いひ、二をシヤランベといひ、三をチミツプといひ、
四をアツトシといひ、五をイタラツペといひ、六をモウウリといひ、
七をウリといひ、八をラプリといひ、九をケラといふ、
シツトクといへるは其品二種あり、一種ハ 本邦より
わたるところのものにて、綿繍をもて製し、かたち
陣羽織に類したるもの也、一種は同しく綿繍
にて製し、形ち明服に類したるものなり、夷人の
伝言するところは、極北の地サンタンといふ所の人カラ
フト島に携へ来て獣皮といふ物と交易するよしを
いへり、すなはち今 本邦の俗に蝦夷にしきと
いふものこれ也、この二種の中、 本邦よりわた
るところのものは多してサンタンよりきたるといふ
ものハすくなしとしるへし、シヤランベといへるは
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衣服製作の総説
☆一般にアイヌの人びとが衣服としているものに九種類ある。一はジツトク、二はシヤランベ【サランペ:saranpe/絹】、三はチミツプ【チミ*プ:cimip/衣服】、四はアツトシ【アットゥ*シ:attus/木の内皮を使った衣服】、五はイタラツペ【レタ*ラペ?:retarpe?/イラクサ製の衣服】、六はモウウリ【モウ*ル:mour/女性の肌着】、七はウリ【ウ*ル:ur/毛皮の衣服】、八はラプリ【ラプ*ル:rapur/鳥の羽の衣服】、そして九はケラ【ケラ:kera/草の上着】である。
☆ジットクというものには二種類ある。一種は本邦より渡ったもので、錦で作られたもので、かたちは陣羽織に類するものである。いまひとつはおなじく錦で作られており、そのかたちは明の朝服に類するものである。アイヌの人びとの伝えていうには、極北のサンタン【サンタ:santa/アムール川周辺】というところの地に住んでいる人びとがカラフト【カラ*プト:karapto/樺太】島へ持ってきて、アイヌの人びとのもつ獣皮というものと物々交換するのであると。これがいま世間でいう「蝦夷にしき」なのである。この二種類のジットクのうち、わが国からわたったものが多く、サンタンから来たものはすくないと知っておくべきである。 |
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第6巻, 4ページ, タイトル: |
| 本邦よりわたるところのものにて、古き絹の
服なり、チミツブといへるも同しく 本邦より
わたるところの古き木綿の服なり、此三種の衣は
いつれも其地に産せさるものにて得かたき品ゆへ、
殊の外に重んし、礼式の時の装束ともいふへきさま
になし置き、鬼神祭礼の盛礼か、あるは
本邦官役の人に初て謁見するとふの時にのミ服用
して、尋常の事にもちゆる事はあらす、其中殊に
シツトクとシヤランベの二種は、其品も美麗なるをもて、
もつとも上品の衣とする事也、アツトシ、イタラツベ、モウウリ、
ウリ、ラプリ、ケラこの六種の衣はいつ
れも夷人の製するところのもの也、その中、モウウリ
は水豹の皮にて造りしをいひ、ウリはすへて獣皮
にて造りしをいひ、ラフリは鳥の羽にて造りしを
いひ、ケラは草にて造りしをいふ、この四種はいつれも
下品の衣として礼服とふには用る事をかたく禁
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第6巻, 9ページ, タイトル: |
| アツトシを製するには、夷語にヲピウといへる木の
皮を剥て、それを糸となし織事なり、またツキ
シヤニといへる木の皮を用る事あれとも、衣に
なしたるところ軟弱にして、久しく服用するに
堪さるゆへ、多くはヲビウの皮のミをもちゆる事也、
こゝに図したるところは、すはハちヲヒクの皮にして、
山中より剥来りしまゝのさまを録せるなり、是を
アツカフと称する事は、すへてアツトシに織る木の
皮をさしてアツといひ、カプはたゝの木の皮の事
にて、アツの木の皮といふ事也、此ヲビウといへる木は
海辺の山にはすくなくして、多く沢山窮谷の中に
あり、夷人これを尋ね求る事もつとも艱難の
わさとせり、専ら厳寒積雪のころに至りて、山
中の遠路ことーーくに埋れ、高低崎嶇たるところも
平になり歩行なしやすき時をまちて深山に入り、
幾日となく山中に日をかさねて尋る事也、其外
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第6巻, 13ページ, タイトル: アフンカルの図 |
| アフンカルといへるは、アフンは糸をいひ、カルは造る
事にて、糸を造るといふ事なり、是は前にいふ
如くアツの皮をよくーーやはらかになしてより、
麻を績する如くいつにもさきて次第につなき、
岐頭の木に巻つくる事図のことし、そのさまさなから
奥羽の両国にてしな太布を織る糸を績くとこと
なる事なし、
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第6巻, 22ページ, タイトル: |
| 此図はアツトシを織りあけたるさま也、アツトシカル
ヲケレといふは、アツトシアルは前にしるせしと同しく、
ヲケレは終る事にて、アツトシ造る事終るといふ事也、
其織りあけたるまゝのアツトシをウセフアツトシといへり、
ウセフは純色といふか如き事にて、織りあけたるまゝの
アツトシといふ心なり、 本邦の語に、木綿の織りたる
まゝにて、何の色にも染さるを白木綿といふか如し、アツトシ
の織りあけたるさま図の如くに、下のかたの幅を狭くなし
たる事は、上の方は身衣となすへきつもりゆへ、幅を
広く織り、下の方は袖となすへきつもり故、幅を狭く
織るなり、その身衣幅と袖幅とに織りわくるさかひを
トシヤトイと称す、トシヤは袖をいひ、トイは切る事をいひ
て、袖を切るといふ事なり、又衣に製するところの
長短もかねて、著る人のたけをはかり定め置て、少しの
余尺もなきよふに織事なり、
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第7巻, 16ページ, タイトル: |
| うち卑湿なるところに多く生するもの也、
二にハ藤葛を用ゆ、三には野蒲萄の皮をはきて其侭
用ゆ、藤葛を夷語に何といひしにや尋る事をわすれ
たるゆへ、追て糺尋すへし、野蒲萄の皮はシトカフといへり、
シトは蒲萄をいひ、カフは皮をいふ也、此三種のうち草を
なひたる縄と藤葛の二つは材木を結ひ合セ、屋のくミ
たてをなすとふの事に用ひ、野蒲萄の皮ハ屋を葺に用
ゆる也、まれにハ前の二種を用て屋を葺事あれとも
腐る事すミやかにして便ならす、たゝ野蒲萄の皮のミハ
ことに堅固にして、数年をふるといへとも朽腐する事なき
ゆへに多くハ是のミを用る也、三種のさまのかハりたるは図を
見て知へし、屋を葺の草すへて五種あり、一つにハ
茅を用ひ、二にハ蘆を用ひ、三には笹の葉を用ひ、四にハ
木の皮を用ひ、五にハ草を用ゆ、此五種のうち多くハ草と茅
との二種を用る也、五種のもの各同しからさる事は、後の
居家全備の図に委しくミえたる故、別に図をあらはすに及ハす、
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なかで土地が低くて湿気が多いところに
多くはえているのである。>
ふたつめは藤葛を使用する。みっつめは野葡萄の皮を剥いで使う。藤葛をアイヌ語で アイヌ語でなんというのか聞くのを忘れたので、改めて聞きただすことにしよう。野葡萄の皮はシトカフという。シト【ストゥ:sutu/ぶどうづる】は葡萄をいい、カフ【カ*プ:kap/皮】は皮をいうのである。この三種類のうち、草を綯った縄と藤葛のふたつは材木を結び合わせて家屋の組み立てをするなどのことに用い、野葡萄の皮は屋根を葺くのに用いるのである。まれには前のふたつ(草と藤葛)を使って屋根をふく事があるけれども腐ることが早いので都合がよいとはいえない。わずかに野葡萄の皮だけがとりわけ丈夫で、数年たっても朽ちたり腐ったりすることがないので、多くはこれだけを使うのである。三種類のようすの違いは図を見て理解してほしい。
屋根を葺く草はみんなで五種類ある。ひとつには茅を使い、ふたつには芦を使い、みっつめは笹の葉を使い、四つめは木の皮、いつつめは草を使う。このいつつのうち、多くは草と茅の二種類を用いるのである。この五種がおのおの同じでないことは後の「居家全備の図」に詳述したのでここではかくべつ図示はしない。
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第7巻, 21ページ, タイトル: リキタフニの図 |
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第7巻, 22ページ, タイトル: |
| リキタフニと称する事は、リキタは天上といはんか
如し、フニは持掲る事をいひて、天上に持掲ると
いふ事なり、是は前にいふか如く、柱を立ならふる
事終りてより、数十の夷人をやとひあつめてくミたてたる
屋を柱の上に荷ひあくるさま也、屋を荷ひあくる事終れハ、それより柱の根を
はしめ、すへてゆるきうこきとふなきよふによ
くーーかたむる事なり、
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☆リキタフニということ、リキタ【リ*ク タ:rik ta/高い所 に】は天上という意味であり、フニ【プニ:puni/を持ち上げる】は持ち上げることをいって、天上に持ち上げるということである。これは前にいったように、柱を立て並べることがおわってから、数十のひとを雇い集めて、組み立てておいた屋根を柱の上にかつぎ上げるさまである。屋根をかつぎ上げることが終ったら、それから柱の根をはじめ、みんな揺るぎ動くことがないようによくよく固めるのである。 |
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第7巻, 37ページ, タイトル: |
| この図もまたビロウの辺よりクナシリ嶋に至る
まての居家全備のさまにして、屋を竹の葉にて
ふきたる也、これをトツプラツフキタイチセと称す、
トツプは竹をいひ、ラツプは葉をいひ、キタイチセは
前と同し事にて、竹の葉の屋の家といふ事也、
これ又木の皮と同し事にて、葺てより日かすを
ふれは竹の葉ミな枯れしほミて雨露を漏すゆへ、
やかて其上を草と茅にてふく也、この製又至て
堅固なりといへとも、力を労する事多きにより
て、造れるものまつはまれなりとしるへし、
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☆ この図もまた、ビロウのあたりからクナシリ島にいたる家屋完備のようすであって、屋根を竹の葉で葺いている。これをトツプラツフキタイチせという。トツプ【ト*プ:top/竹、笹】はたけをいい、ラツプ【ラ*プ:rap/竹などの葉】は葉をいう。キタイチセは前とおなじだから、竹の葉の屋根の家ということである。
これまた、木の皮とおなじで葺いてから日数がたてば、竹の葉はみんな枯れしぼんで雨露を漏らすようになるので、やがてその上を草と茅とで葺くのである。この造りはまたとても丈夫なのだけれども労力がたいへんなので、これを造っているものはまず少ないと理解してほしい。
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第8巻, 15ページ, タイトル: ケフヲイシユトの図 |
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第8巻, 16ページ, タイトル: |
| ケフヲイシユトといへるは、ケは毛をいひ、フはま
はらなる事をいひ、ヲイは在る事をいひて、
毛のまハらに在るシユトといふ事なり、これは
海獣の皮を細長く切りて図の如くにシユトの
かしらに巻たるゆへ、其毛のまハらに在るを以て
かくはいへるなり、
ここに海獣としるしたるは、奥羽松前とふの
方言にトヾといへるもの也、夷人の言葉に何と
いひしにやわすれたるゆへ、其名をしるさす、追て
録すへし、
右に図したる六種の外にも形ちのかはりたる
シユトさまーーあるよしをいひも伝ふれと、まさし
く見たる事にあらさるゆへしるさす、追て糺尋
のうへ録すへし、
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☆ケフヲイシユトというのは、ケ【ケプ*ル:kepur/毛皮の毛を抜いたもの?】は毛のことをいい、フはまばらなこと、ヲイ【オ:o/にある。ウン→ウイ?:un→uy?/ある?】は在るということで、毛のまばらに在るシユトのことである。これは海獣の皮を細長く切って図のようにシユトの頭に巻いているので、(海獣の皮に)毛がまばらにあるのでこのようにいうのである。
<註:ここに海獣と記したのは、奥羽、松前などの方言にトドというもののことである。アイヌ語でなんというのか忘れたので、その名は記さない。おって記録することにしよう。
右に図示した六種類のほかにもかたちの変ったシユトがいろいろあると伝えているが、確かに見たことがないので記録しない。いずれ聞きただしたうえで記録することにしよう。>
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