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第1巻, 14ページ, タイトル: |
| 其外雲あし、雨あしなといへる事も、ミなその
立るかたちをいへる也、かく見る時はアベシヤマウシ
は火のそばに立つといふ事に通するなり、この
イナヲは夷地のうちシリキシナイといふ所の辺
よりヒロウといへる所の辺まてにもちゆる也、
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またその他「雲あし」・「雨あし」などという事例も、皆それが立っている形を指しての言葉である。こう考えてくると、「アベシヤマウシ」を「火のそばに立つ」と言っていることと相通じてくるのである。このイナヲは、蝦夷地のうちシリキシナイ(尻岸内)という所からヒロウ(広尾)という所の辺りまでの地域で用いられている。 |
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第1巻, 18ページ, タイトル: |
| 義にて、たゝ陰陽の二つを男女と分ちたる事なる
へし、これらの事誰おしへたるにもあらねと、用る
ところのイナヲ男女のミなるにしたかひて、其削れ
るかたち自ら仰伏のたかひありて、陰陽の象を
表したること誠に天地の自然に出たるにてそある
へき、委しくは図を見てしるへし、夷語に男子を
ビンといへる事は、其義いまた詳ならす、婦女を
マチといへる事は、まさしく日本紀に命婦とかきて
マチと訓したり、此マチ子アベシヤマウシイナヲを一には
メノコアベシヤマウシイナヲともいへり、メノコといふも女の
事にて、是はとりもなをさす女子なるへし、
此二つのイナヲはヒロウといへる所の辺より
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意味合いで、単に陰陽の二つを男女として分けたのではないか。こうした区分を誰が教えたというわけでもなかろうが、用いられるイナヲが男女のみであり、また、その削られた形状も自然と仰伏の相違があり、陰陽の象を表わしている。こうした区分は、誠に天地の自然が為さしめたものであろう。詳しくは、図を御参照ありたい。アイヌ語で男子を「ビン」という訳は、いまだ詳らかではない。しかし、婦女のことを「マチ」というのは、まさしく『日本紀』に命婦と書いて「まち」と訓じているのと通じている。また、このマチネアベシヤマウシイナヲは別にメノコアベシヤマウシイナヲともいう。「メノコ」という語も女を意味しており、これはとりもなおさず女子のことであろう。この二つのイナヲは、ヒロウという所辺りから
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第1巻, 25ページ, タイトル: |
| これは何とさたまりたる事なくすへて神明を
祈るに用ゆる也、キケは前にいふと同し事にて
削る事をいひ、ハアロは物の垂れ揺くかたちをいひ、
セは助語にて、削りたれ揺くイナヲといふ事也、
此ハウロといへることはも 本邦の俗語に、物のかろく
垂れ揺くさまをフアリーーーといふ事有、しかれは
ハウロはフアリと通して、キケハウロイナヲといふは
削りふありとしたるイナヲといふ事と聞ゆる也、
二種の形ちの少しくかハれる事あるは、前のキケ
チノイヽナヲにしるせしと同し事にて、前の図はシリ
キシナイの辺よりビロウの辺迄に用ひ、後の図はヒロウ
の辺よりクナシリ嶌の辺まてにもちゆる也、 |
これは、特定の定まった対象はないが、神明一般に祈る際に用いられる。「キケ」は前に述べたのと同様削ることをいい、「ハアロ」は物の垂れ動くかたちを表わし、「セ」は助詞であり、合わせて「削り垂れ動くイナヲ」という意味である。
この「ハアロ」という言葉についてであるが、我が国の俗語で、物が軽く垂れ動く様子を「ふあり、ふあり」ということがある。即ち、「ハウロ」は「ふあり」と通じて、キケハウロイナヲとは「削りふありとしたるイナヲ」という意味に聞こえるのである。
なお、図に掲げた二種の形に少々相違があるのは、前のキケチノイイナヲの個所で記したのと同様、最初の図はシリキシナイという所の辺りからビロウという所の辺りまでに用いられており、後の図はビロウの辺りからクナシリ島の辺りまでに用いられているものである。
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第3巻, 10ページ, タイトル: |
| ユウタとは舂事をいふ也、ヒロウなといへる所の
辺より奥の夷地に至りてはウタとも称する
なり、是は前の図のことく囲炉裏の上にてほし
たる穂をそのまゝ臼にいれてつく事なり、
其つく所は常に小棟屋にて為す事多し、
小棟屋は夷語にチセセムといひて、住居の側に
立てつきたる小き家をいふ也、
晴天の日なとは、家の外に出てつく事も
ある也、 |
ユウタとは、搗くことを意味する。ヒロウ(広尾)とかいう所の辺りより奥の蝦夷地に行くと、ウタとも称している。これは、前の図に見えるような囲炉裏の上で干した穂を、そのまま臼に入れて搗くことを指している。これを搗く場所であるが、常に小棟屋で行なわれることが多い。
* 小棟屋とは、アイヌ語でチセセムといって、住居のそばに建てられる小さな家のことである。
晴天の日などは、屋外に出て搗かれることもある。 |
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第4巻, 24ページ, タイトル: |
| とだては舟の艫なり、図に二種出セる事ハ、
所によりて形ちも替り、名も同しからさる故也、
二種のうち前の図はシリキシナイよりヒロウ
まての舟にもちゆ、
すへて所により用る物のたかふ事なと、此所
より此所迄とくハしく限りてハいひ難し、
こゝにシキリシナイよりヒロウまてといへ
るも、シリキシナイの辺よりヒロウの辺
まてといふ程の事也、後の地名にかゝはる
事はミな此類と知へし、
夷語に是をイクムと称す、
此語解しかたし、追て考ふへし
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「とだて」は舟の艫(とも)のことである。二種類の図を出したのは、地方によって形態が変り、呼び名も共通ではないからである。二種類のうち、前の図はシリキシナイからヒロウまでの舟で用いている。
<註:地方によって使用する物が異なることなどは、ここからここまでと
詳しく限定していうことはできない。ここでシキリシナイからヒロ
ウまでといっても、それはシリキシナイのあたりからヒロウのあた
りまでというほどのことである。のちにでてくる地名にかかわるこ
とはすべてこの類と知っておいてほしい。>
アイヌ語でこれをイクムという。
このことばの意味はわからない。追って考えることにしよう。
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第4巻, 25ページ, タイトル: |
| 後の図はヒロウよりクナシリまての舟
に用ゆ、夷語に是をウカキと称す、
此語解しかたし、追々考ふへし、
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あとの図はヒロウからクナシリまでの舟で用いるもので、アイヌ語でウカキという。
このことばの意味もわからない。やはり追って考えることにしよう。
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第4巻, 36ページ, タイトル: |
| 夷語に是をキウリと称す、
此語解しかたし、追て考ふへし
シリキシナイよりヒロウまての舟にハことーーく
此具を用ゆ、これハ北海になるほと風波あら
きか故に、舟の堅固ならん事をはかりて
なり、シリキシナイよりビロウまてハさのミ
北海にあらすして、風波のしのきかたも
やすきゆへ、まれには此具を用ゆる舟も
あれと、多くは用ひす、
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アイヌ語でキウリという。
このことばの意味はわからない。追って考えることにしよう。
シリキシナイからヒロウまでの舟にはことごとくこの道具を用いている(訳註:ヒロウからクナシリまでの誤記か?)。これは北の海になるほど風波が荒いので舟を丈夫にするための工夫である。シリキシナイからヒロウまではそれほど北の海ではなく、風波から守る方法も容易なので、まれにこの道具を用いる舟もあるけれども多くの舟は使用しない。
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第7巻, 32ページ, タイトル: |
| 此図はシラヲイの辺よりヒロウの辺にいたる
まての居家全備のさまにして、屋は蘆をもて
葺たるなり、是をシヤリキキタイチセと称す、シヤリ
キは蘆をいひ、キタイは屋をいひ、チセは家を
いひて、蘆の屋の家といふ事なり、此辺の居家
にては多く屋をふくに蘆のミをもちゆ、下品
の家にてはまれに茅と草とを用る事もある
なり、
右二種の製は四方のかこひを藩籬の如くになし
たるなり、
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☆この図はシラヲイのあたりからヒロウのあたりまでの家の完備したようすで、屋根は芦で葺いている。これをシヤリキキタイチセという。シヤリキ【サ*ラキ:sarki/アシ、ヨシ】は芦のこと、キタイ【キタイ:kitay/てっぺん、屋根】は屋根、チセ【チセ:cise/家】は家をいうから、芦の屋根の家ということである。このあたりの家の多くは屋根を葺くのに芦だけを使う。下品の家ではまれに茅と草とを用いることもある。
右に図示した二種の造りは四方の囲いを垣根のようにしてある。 |